大介護時代の情報誌「BetterCare(ベターケア)」

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2017年05月30日
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Web Essay | シアタールーム『歓びのトスカーナ』

井上由美子 [エッセイスト]

 

平穏に、人に迷惑をかけず、ただ自分らしくありたいだけなのに、
生きることって、なぜ、こんなにも切なく厄介なのだろう。

〈諦めない〉女たちの、諦めないからこその〈人間賛歌〉

ストーリー
陽光降り注ぐ緑豊かな丘の上で、大勢の女性たちが、さまざまな活動・動きをしているところから映画は始まる。

彼女たちは心が病んでいて、社会復帰のための治療や訓練を受けているのだ。そうした中で、我が物顔に大声で人に命令を下しながら歩き回る女性。彼女は誰にも相手にされずとも、治療に当たっている人たちにさえも臆することなく、自称伯爵夫人として、この丘の施設を闊歩している。

そんな日常の中に、やせ細り、眼もうつろ、何も語らず、身体中にタトゥを刻んだ、若く美しい新参者がやってくる。平穏すぎる日常に飽き飽きし、アグレッシブで誇り高き伯爵夫人はそんな彼女に興味深々だ。なのに、決して人を寄せ付けないタトゥの女。

伯爵夫人は、さまざまな手を尽くして近づこうとするがうまくいかない。ところがある日、ひょんなことから施設を抜け出すチャンスがやってくる。これだけは互いの利害が一致し、女性二人の逃避行が始まる。

伯爵夫人の破天荒な行動に、タトゥの女も興味を持つと同時に次第に心を許し、二人には友情が芽生えてくる。

この逃避行の中で、彼女たちの過去が明らかにされてくる。心を病まざるを得なかった、様々な苦難の過去があったのだ。こうして、現在の自分を苦しめている事態を解決すべく、行動することを誓い合う。

精神障碍者の居場所
1970年代前半、イタリアは他国に先んじて、精神障碍者の収容施設の解体を打ち出した。これは画期的な出来事であり、ここから「ノーマライゼーション」のうねりが世界中に広まったと言っても過言ではない。

人里離れた巨大施設に閉じ込められていた精神障碍者たちは、その後、街の中にある少人数のグループホームなどで、暮らすことになった。映画のエンドクレジットに未だ2割の施設が残っている、と書かれていたが、他国に比べると大きな進展だと思う。

このうねりは日本にも押し寄せてきたけれど、身体障碍者施設ではかなり進んできたものの、精神病院や知的障碍者施設の解体は未だ道半ばだ。

昨年2016年の相模原市にある知的障碍者施設での大量殺戮事件は記憶にも新しい。さらに日本では、介護保険制度開始以降、認知症グループホームの整備が進んではきたが、未だ認知症高齢者を精神病院に入院させる傾向が少なくない。

実は、私の叔母は故郷・長崎で兄夫婦が面倒をみていたのだが、叔母が認知症を患ったとき兄夫婦はどうしようもなくなり、近所の精神病院に入院させた。私は月に1回は東京から長崎へ見舞いに行っていた。今から20年ほど前のことで、認知症グループホームは、無きに等しかった。

その頃、叔母の見舞に行くと、いつも看護師さんから叔母の虚言癖、誇大妄想の報告を受けた。実は叔母の、小説のような裕福な若い頃の生活の話は、虚言でも誇大妄想でもなく、ほとんど事実だったのだが、看護師さんには現実のものとは思えなかったのだろう。

また、叔母は自殺願望があるということでヘッドギアをつけられていた。面会時間が終わり、病室に連れられて行く際には、ガチャンというものすごい音で鍵がかけられ、叔母と私の世界が分断された。

別れ際、それまで私のこともわからないような顔をしていた叔母が、はっきりと「東京に連れて行ってというたらあんたが困るやろ」と…。叔母は一瞬正気だったのだ。私は驚き、鍵で隔てられた扉の前で、ただ泣くしかなかった。

映画では・・・
二人の女性は、タトゥの女の過去を旅することにする。彼女は、子どもを産んだのだが、子どもの父親に捨てられ、子どもを養子に出されたのだった。その頃から彼女は心を病み、自分で自分を傷つけるという行為に走ったようだ。自分を傷つけ、自分の存在そのものを消したかったのかも知れない。

彼女たちの行動は、平穏に暮らしている人から見れば確かに破天荒だし、狂気のなせるところだ。しかし、これらの行動の裏には原因となるものが潜んでいると思う。この原因となるものに対する感受性が人より強いのではないだろうか。

そして、これらの原因に対して、諦めることができないのではないか。私には精神病についての知識が皆無なので、あくまでも想像に過ぎないが…。

認知症の人も、理由もなく暴れたりすることはほとんどない。だから、脳の手術といった医療処置ではなく、その人へのケア、その人とのふれあい方が意味を持つ。

この映画でも、二人の女性が互いを認め合い、ともに解決に向かうところから、状況が一変する。友情が芽生え、共通の意識、目的を持つことで、信頼が築かれていく。タトゥの女が幸せを得たとき、伯爵夫人も幸せに浸る。こうなると、周りが敵ではなくなるのだ。

冒険を終えた彼女たちが、住まざるを得ない、トスカーナの丘。暑くてうっとうしかっただけの日差しが、今度は歓迎の陽だまりとなって冒険を終えた彼女たちを迎えるだろう。

2016年/イタリア・フランス合作/イタリア語/116分/カラー/シネスコ
監督:パオロ・ヴィルズィ(『人間の値打ち』)
出演:ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ミカエラ・ラマッツォッティ
原題:LA PAZZA GIOIA
配給:ミッドシップ
後援:イタリア大使館、イタリア文化会館
■7月上旬より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開


(C)LOTUS 2015

 

いのうえ・ゆみこ●「高齢社会をよくする女性の会」(理事長・樋口恵子)の理事として、2013年より厚生労働省会保障審議会介護保険部会および介護給付費分科会委員を務める。長崎市出身。大学院修士課程修了。出版、都市計画などビジネス活動を経た後、1999年より大学教員に。専門は社会福祉学、社会保障論。07年~11年、城西国際大学福祉総合学部長を経て、14年退任。著書に『バリアフリー』(中央法規出版)、共著に『医療ソーシャルワーカー新時代』(勁草書房)など。こよなく映画や演劇を愛し、授業に取り入れたことで知られる。

 

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