大介護時代の情報誌「BetterCare(ベターケア)」

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2017年03月01日
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Web Essay | シアタールーム 『話す犬を、放す』

井上由美子 [エッセイスト]

 

何よりも自分のやりたいことを追求したい。
それでも人は、独りで生きているわけではない。さあ、どうしよう。

〈仕事〉と〈介護〉の両立の行く末は・・・

ストーリー
「不思議なタイトル」のこの映画、レビー小体型認知症を発症している母と、その母を支えながら女優を一生の仕事とすべく奮闘する娘、その彼女に期待しつつ夢を実現させようとする周りの人たちの物語。

女優を目指しつつも、演技スクールでコーチをして生計をたてている主人公。半ば自分の女優としてのキャリアに限界を感じていた矢先、映画の主演女優という話が舞い込む。

以前の後輩で、今や売れっ子となっている男優の推薦によるものだった。彼女は思いかけず飛び込んできた、またとないチャンスに発奮し、稽古にも力が入る。

ところが彼女には、レビー小体型という厄介な認知症を抱えていている母がいる。その母が、稽古中のいざという時に限って、例えば、ショッピングの最中に問題行動(と、一般的に言われている)を起こしたという連絡が入り、その場に駆け付ける。

この日に限ったことではない。度々、母から呼び出しの電話がかかる。せっかくもらったチャンスだ。何とか介護と仕事と両立をと、懸命に力を尽くす。

しかし、ことは彼女だけの問題ではなく、映画に関わる仲間や大勢の人たちに迷惑をかけることになる。介護と仕事の両立の難しさに悩む。どちらかを選ぶしかない。

ある日、彼女が家に帰ると、母は、「今日、チロ(愛犬の名)が来ていたのよ」という。チロ、実は昔、家庭崩壊に結果的に手を貸していた犬だった。そのことに母は腹を立て、チロを山中に捨てたのだ。母はその後、自らの早まった行動をずっと後悔していたに違いない。

認知症のこと
高齢社会は認知症社会といっても過言ではない。マスメディアは、認知症鉄道事故や高齢者による車の運転事故を話題に取り上げる。

特に、認知症高齢者が線路に立ち入って起こした、JR東海の鉄道事故における賠償問題に関しては、最高裁にまでもち込まれ、結審までに5年以上を要した事件となった。

私が所属する「高齢社会をよくする女性の会」では、この数年、認知症勉強会に取り組んできたが、最高裁判決(2016年3月1日)が出てからの半年間は、このJR東海鉄道裁判について、法学者を講師として研究会を行ってきた。それを取りまとめ、本年1月末日、厚生労働大臣に要望書を提出した。

要望書の核心は、認知症者の人権を守ること、そのためにも成年後見人制度を広めること、とりわけ認知症者に「寛容な社会づくり」を促進することにあった。

内容には、当事者視点を重視し、例えば「徘徊」といわれている行為は、認知症本人にとっては理由があり、単に意味もなく歩き回っているのではないことなどを盛り込んだ。

一方、私が4年間、委員として努めさせていただいた「社会保障審議会/介護保険部会」の答申書には、“認知症本人の声を対策に反映させること”が盛り込まれた。

つまり、上からの押し付けで、勝手に、一方的に対策を立てることなく、「当事者主体」を尊重する、ということだ。これが本当に実現されれば、認知症本人の方たちを見る目も変わってくるだろう。

しかし、認知症者を家族にもつ人たちは、「世間に悪いような気がする」、「肩身が狭い」とおっしゃる。昔ほどではないとはいえ、精神病を患う人、知的障碍者を家族に持つ人たちと同じだ。だから、「寛容な地域づくり」には、私たち一人ひとりの寛容さが先決だ。

母娘はどこへ向かうのか
主人公の母が抱えるレビー小体型の認知症。この認知症は、初期にはもの忘れや理解力の低下などはあまり目立たず、とにかく、本人には現実としか思えないような、くっきりとした幻視を見るところに特徴がある。

よくある訴えには、「虫や蛇がいる」、「知らない人が室内にいる」などがあるという。だからこそ、この認知症は、当事者のニーズも捕まえにくく、ケアも難しい。

仕事と介護の両立に悩みつつ右往左往する娘、混乱とおっとりとした平穏の起伏の中で生きる母、彼らはどのようにして、この降ってわいたような人生の困難を乗り切るのだろう!

観客も、同じ空気、同じ時間を、わがことのように、息をひそめて見守ってしまう。そして、この不思議な映画タイトル「話す犬を、放す」ことの意味を、それぞれがそれぞれに受け止めるだろう。

2016年/日本/84分
監督・脚本:熊谷まどか
出演:つみきみほ
田島令子
眞島秀和
木乃江祐希
製作:埼玉県
SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ
制作:デジタルSKIPステーション
オフィス・シロウズ
特別協力:川口市
配給・宣伝:アティカス

(C)2016埼玉県/SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ

 

いのうえ・ゆみこ●「高齢社会をよくする女性の会」(理事長・樋口恵子)の理事として、2013年より厚生労働省会保障審議会介護保険部会および介護給付費分科会委員を務める。長崎市出身。大学院修士課程修了。出版、都市計画などビジネス活動を経た後、1999年より大学教員に。専門は社会福祉学、社会保障論。07年~11年、城西国際大学福祉総合学部長を経て、14年退任。著書に『バリアフリー』(中央法規出版)、共著に『医療ソーシャルワーカー新時代』(勁草書房)など。こよなく映画や演劇を愛し、授業に取り入れたことで知られる。

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