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2016年08月27日
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Web Essay | シアタールーム 『ブルックリン』

井上由美子 [エッセイスト]

 

自分の人生に希望はあるのだろうか。誰もが持つ不安、悩み。
そんな時、どう生きればいいのだろう。

〈第三の道〉を垣間見せる〈希望〉の物語
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旅立ち
アイルランドを舞台に始まる物語。母と姉と3人で暮らす主人公のエイリッシュ。会計士の姉を尊敬しているが、自分にはこれといった特技もなく、パン屋で働いている。

このパン屋、他に競争相手がないせいか結構流行っていて、エイリッシュは女経営者の、客によって態度を変える応対は嫌だけど口をはさむことはできない。これといって能力のない彼女は、現状に我慢するしかない。

姉は生き生きとしていて男性の注目を浴びるのに、自信もなく控えめなエイリッシュに男性は見向きもしない。希望のない生活に甘んじている彼女を姉は気遣い、母は自分が看るからと、アメリカに渡ることを勧める。エイリッシュもこの土地と人間関係から逃れ、生き直すことを決意して、航路アメリカへと旅立つ。

彼女が到着したブルックリンは、繁栄に湧く新興国アメリカの、ニューヨークのベッドタウンでもあり、さまざまな国から移民を受け入れている自立都市でもある。エイリッシュは、移民の女性たちが住む女子寮に住み、生活と仕事のスタートを切る。

移民の国アメリカはここブルックリンでも、繁栄に沸き、誰がアメリカ人で誰が移民かわからない。もとはと言えば、アメリカそのものも原住民から奪い取った国。人種の“るつぼ”と言われる国だ。そうした異文化交流(差別も含め)の国では、むしろ控えめに生きることの方が難しい。

エイリッシュの女子寮の仲間たちも自由の国アメリカを謳歌し、職場の先輩たちも垢抜けして自信たっぷりだが、彼らが果たして初めからアメリカ人なのか移民なのかわからない。

もともと控えめで浮わついたところのないエイリッシュは、生活もおしゃれも地味。デパートでの売り子の仕事も真面目にこなすが、なかなかアメリカに染まりにくい。

だがその浮ついたところのない不器用さが職場でも寮でも、むしろ信用を勝ち得て認められ、次第に自信に満ち、地に足の着いた女性に変身していく。いつの間にか地味ながらも美しくなっている。

彼女は、デパート勤めをしながら、夜間大学で会計士の勉強を始める。そんな時、家族で移住してきた配管工のイタリア人男性と知り合い、恋に落ちる。
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異文化の中で暮らすということ
私が故郷長崎から東京へやってきたのは、1964年「東京オリンピック」の年だった。敗戦後の日本が高度経済成長へと向かって走り始めていたころだ。

「金の卵」たちと共に、大学に行くために、東京や大阪などの大都会を目指して、団塊の世代を頂点に若者の大移動も佳境に入っていた。経済的自立を求めて、違った自分になりたくて、また、地域社会のしがらみから抜け出したくて。

その当時、60年安保闘争の残存は色濃く残ってはいたものの、それすらも高度経済成長のうねりに呑み込まれ、成長こそが正義の時代だった。

私も大方の“おのぼり”学生の例にもれず、アルバイトに明け暮れ、片手間の大学生活。70年安保闘争も経験するなど、繁栄の異文化大都市東京を満喫していた。

その後、日本は一億総中流という安定した時代(と、思い込んでいただけのことだろう)がしばらく続いた。しかし世界は今、産業構造の変化とともに、それぞれの国の文化すらいとも簡単に飛び越えた、金融資本主義というグローバリゼーションの時代に突入している。

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映画『ブルックリン』では
姉の訃報で、故郷に帰ったエイリッシュ。自信と輝きに満ちた彼女には、昔どんよりとしていたアイルランドの海も空も、真っ青に澄み切って美しい。風景は見る人から映し出される。

ブルックリンに行く前、希望や先の見えなかったアイルランドの日常。強欲なパン屋も健在だ。しかし、今や彼女を恐れさせるものではなくなっている。故郷はただ懐かしく、振り向いてもくれなかった憧れの男性までも、彼女に求婚する。人との関係も自分のあり様で変化するのだ。

さあ、故郷か、ブルックリンか、どっちを選ぶ?終の住処という観点から考えれば、ずっと生きてきて慣れ親しんだ故郷なのだろうか。 一方、ブルックリンは、イタリア男性との移民同士の結婚によって、異文化で築かれる新たな「第三の家庭」、「第三の文化」をつくりあげる可能性を秘めている。

わが日本。世界に先駆けて超高齢社会、人口減少社会に突入している。赤字財政は国民に押し付けられ、一億総活躍社会の現実は、生ゆでされた一億総カエルが知らぬま間に死んでしまう、そんな近未来へと突き進んでいる。

そこで私自身のテーマである超高齢社会問題から考えれば、「第三の道」を選択したい。これまでとは違った風景が広がり、これまでとは違った新たな価値観をつくりあげる必要があるからだ。

2015年/アイルランド・イギリス・カナダ合作/112分
監督:ジョン・クローリー
出演:シアーシャ・ローナン
ジュリー・ウォルターズ
エモリー・コーエン
ドーナル・グリーソン、ほか
原作:『ブルックリン』
(コルム・トビーン著 白水社)
原題:Brooklyn
配給:20世紀フォックス映画
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(C)2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

 

いのうえ・ゆみこ●「高齢社会をよくする女性の会」(理事長・樋口恵子)の理事として、2013年より厚生労働省会保障審議会介護保険部会および介護給付費分科会委員を務める。長崎市出身。大学院修士課程修了。出版、都市計画などビジネス活動を経た後、1999年より大学教員に。専門は社会福祉学、社会保障論。07年~11年、城西国際大学福祉総合学部長を経て、14年退任。著書に『バリアフリー』(中央法規出版)、共著に『医療ソーシャルワーカー新時代』(勁草書房)など。こよなく映画や演劇を愛し、授業に取り入れたことで知られる。

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